仁王門通の東大路を西へ入った南側に建つ寂光寺は囲碁の称号(タイトル名)「本因坊(ほんいんぼう)」の起源の寺です。仁王門通は寂光寺の前を少し西へ歩いた所の北側に建つ頂妙寺の仁王門が仁王門通の名前の由来です。

 寂光寺の山門から入ると左側に大きな本因坊碑が見られます。石の碑には「第一世本因坊報恩塔」と彫られています。

 寂光寺を開山した日淵上人(にちえんしょうにん)の法弟で二代目往持の日海上人(にっかいしょうにん)は敵なしの囲碁の名手で、三武将の織田信長・豊臣秀吉・徳川家康も日海に師事したと伝わります。

 日海は寂光寺の塔頭寺院の本因坊の住職を務めていたので、本因坊算砂(ほんいんぼうさんさ)と名前を替えました。本因坊の名称が囲碁界家元の世襲となったのはこのことがきっかけです。今の寂光寺には塔頭寺院の本因坊はありません。

 現在の囲碁界には世襲制は無くタイトル戦となっています。

寂光寺の宗派 顕本法華宗
寂光寺の本尊 本門寿量十界大曼荼羅
寂光寺の所在地
 京都市左京区仁王門通東大路西入北門前町469
寂光寺への公共交通機関
 地下鉄東西線「東山駅」下車、北へ徒歩約5分
 市バス「東山仁王門」下車、徒歩数分

 右京区の嵯峨野に寂光寺に似た名前の紅葉の美しい常寂光寺があります。別サイトの常寂光寺の紅葉の写真の頁もご覧下さい。

寂光寺の由緒

▼下の文章は寂光寺の門前に掲示されている京都市の駒札(下の写真)の文を書き写しています。

寂光寺(じゃっこうじ)

 妙泉山(みようせんざん)と号する顕本(けんぽん)法華宗の寺院である。
 寺伝によれば、天正六年(一五七八)に日淵(にちえん)上人により創建され、はじめ久遠院(くおんいん) と号し、室町出水(中京区)にあったが、後に寺町二条(中京区)、更に宝永五年(一七〇八)にこの地に移った。
 当時二世の日海(にっかい)は、寺内塔頭の本因坊に住み、本因坊算砂(さんさ)と号した。算砂は、碁技を仙也(せんや)に学び、当時敵手なく、織田信長から「名人」の名を贈られた。次いで、豊臣秀吉、徳川家康に碁を教え、以後、本因坊の名称は、碁界家元の地位を持ち、技量卓抜な者が襲名継承することとなった、 二世算悦(さんえつ)、三世道悦(どうえつ)を経て四世道策(どうさく)の時、本因坊は当寺から江戸に移った。
 寺内には、本因坊の算砂、算悦、道悦の墓があり、寺宝として、算悦の画像や近衛関白家より拝領の唐桑(からくわ)の碁盤等を蔵している。
           京都市
上は寂光寺の門前に掲げてある京都市の駒札(下の写真)を再録しています。