小野神社(おのじんじゃ)

 日本で最初に餅つきをしたのが小野神社御祭神の米餠搗大使主命(たがねつきおほおみのみこと)と伝えられています。
 今から1600年以上も前の事です。
 この縁で小野神社が菓子作りの神様として、菓子業者からの信仰を集めています。

小野神社の御祭神
 
天足彦国押人命
  (あまたらしひこくにおしひとのみこと)、
 米餅搗大使主命
  (たがねつきおほおみのみこと)
小野神社の鎮座地
 
 滋賀県大津市小野1961
 (小野神社と小野篁神社は同じ境内にあります)
小野神社への公共交通機関
  
JR湖西線「和迩」駅下車、徒歩約15分

小野神社の由緒

▼下の文章は小野神社に掲示されている由緒説明板(下の写真)をそのまま再録しています。

小野神社

祭神
  天足彦国押入命
  (あまたらしひこくにおしひとのみこと)
 米餠搗大使主命
  (たがねつきおほおみのみこと)
由緒
 小野神社は小野一族の祖であると共に餠及菓子の匠・司の始祖である第五代孝昭天皇の第一皇子天足彦国押人命と同命から数えて七代目の米餠搗大使主命の二神を祀る。
 今から一千年前の延喜式の神名帖に滋賀郡大三座の内小野神社二座、名神大社(官幣大社の意)とある古社である。
 古事記によれば天足彦国押入命は孝昭天皇と尾張国の連(むらじ)の娘余曽多木比売との間にお生れになった第一皇子で春日、大宅、粟田、小野、栃木、大坂、安濃、多岐、羽栗、都怒山、伊勢、飯南、一志、近江、の国造(くにのみやつこ)の祖であると記されている。
 又、日本書紀には大和和邇(わに)の祖であるとも記されている。
 大和朝廷成立以前この地において、今の大阪府、京都府、奈良県、三重県、愛知県、滋賀県の広い地域を統治されていた王族であり、諸国に多い小野の地名、氏族の発生地、祖神でもある。
 後裔の小野道風が菓子業の功績者に匠、司の称号を授与する事を勅許されていた事を知る人は少ない。
 菓子の匠、司の免許の授与は現在は絶えているが、老舗の屋号に匠、司が使用される事は現在もその名残りとして受け継がれてきている。遠く祭神が餐(しとぎ)をつくられ、小野一族からの継承が窺える。
▲上の文章は小野神社に掲示されている由緒説明板(下の写真)をそのまま再録しています。

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