金戒光明寺の絵馬

 上の絵馬に描かれている千手観音立像吉備観音(きびかんのん)は、洛陽三十三所観音巡礼第六番札所の観音様で国の重要文化財に指定おり、御影堂脇壇に安置されています。

 唐から帰る吉備真備(きびのまきび)を遭難から救ったという由緒のある観音様です。
 吉備真備が唐から持ち帰った栴檀(せんだん)の木で刻まれているということです。

 文殊菩薩は平成19年までは三重の塔の本尊でした。
 「文殊の知恵」で学業成就や合格祈願のご利益があります。

 春は金戒光明寺の桜がきれいです。話題のアフロ地蔵の写真は別サイトの金戒光明寺の紅葉(黒谷)、又は金戒光明寺の桜(京都黒谷)をクリックすると見られます。

金戒光明寺の由緒

▼下の文章は金戒光明寺に掲示されている京都市の駒札説明板の文を書き写しています。

金戒光明寺
(こんかいこうみょうじ)

 紫雲山と号する浄土宗の大本山で、通称、黒谷(くろだに)の名で親しまれている。
 寺伝によれば、承安五年(一一七五)、法然上人が浄土宗の確立のために、比叡山西塔の黒谷にならって、この地に庵を結んだのが当寺の起こりと伝えられている。以後、浄土教の念仏道場として栄え、後光厳(ごこうごん)天皇より「金戒」の二字を賜り、金戒光明寺と呼ばれるに至った。また、正長元年(一四二八)、後小松天皇より、上人が浄土教の真実義を悟った由緒により「浄土真宗最初門」の勅額を賜った。
 御影堂脇壇(みえいどうわきだん)には、京都七観音・洛陽三十三観音の一つ、吉田寺の旧本尊と伝えられる千手観音立像を安置している。また、御廟には上人の分骨を納め、廟前には熊谷蓮生坊(くまがいれんせいぼう)(直實(なおざね))と平敦盛の供養塔二基が建てられている。
 寺宝としては、山越(やまごえ)阿弥陀図・地獄極楽図等の屏風や法然上人直筆の一枚起請文など数多くの文化財を蔵し、墓地には、国学者山崎闇斎、茶人藤村庸軒(ふじむらようけん)、箏曲開祖八橋検校(やつはしけんこう)などの墓がある。
             京都市
上の文章は金戒光明寺の高麗門の前に掲げてある京都市の駒札説明板をそのまま再録しています。