孟宗山は中国の史話「二十四孝」の一つで、孟宗が病気の母が欲しがる筍を雪の積もる山中で掘り当てた姿を再現しています。

 寛政年間に作られた御神体の孟宗が右手に持つ筍、左手に持つ鎌、孟宗が被る帽子にも雪が積もっています。真松の雪は白い綿をちぎって付けたものです。

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孟宗山の説明

▼下の文は孟宗山の山鉾町に掲示されている京都市の駒札説明板(下の写真)を書き写しています。

孟宗山(もうそうやま)

 別名を「笋山(たけのこやま)」ともいう。山に飾るご神躰(人形)は中国の史話「二十四孝」の一人「孟宗」。病身の母を養う孟宗が、雪の中で筍(たけのこ)を掘りあてた姿をあらわしている。
 人形は七条大仏師康朝左京の作といわれ、唐人衣装に笠をつけ右手に雪をかぶった筍、左手には鍬(くわ)を肩にかついで立っている。欄縁(らんぶち)の彫金(ちょうきん)群鳥図の金具は幸野楳嶺(こうのばいれい 一八四四~一八九五)の下絵、見送(みおくり)はかって雲龍文様(うんりゅうもんよう)の綴錦(つづれにしき)や鳳凰に牡丹図の中国刺繍(ししゅう)を用いていたが、昭和十五年以来、竹内栖鳳(たけうちせいほう)筆の白地墨画叢竹図(はくじぼくがそうちくず)のものが用いられている。この地味な墨画の見送は、極彩色豊かな他の山鉾のなかにあって、却って異彩をはなっている。胴懸(どうかけ)は平成二十・二十一年度に新調された。平山郁夫の「砂漠らくだ行(日)」、「同(月)」の原画による綴織(つづれおり)である。また、町内に保存されている旧胴懸の蔦小花唐草はヨーロッパ毛織捺染(なせん)という珍しいものである。
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▲上の文は孟宗山の山鉾町に掲示されている京都市の駒札説明板(下の写真)を書き写しています。