霰天神山
(あられてんじんやま)

霰天神山
 永正年間(1504~1521)に京都の街に大火事が起こった時、天から霰(あられ)が降ってきて火事が収まりました。

 その折に霰とともに身の丈一寸二分の天神様の像が屋根の上に舞い降りたと伝えられています。

 この天神像を火除けの守り神として町内にお祀りしたのがこの山の由来です。

 この山は「火除け天神山」又は町名から「錦天神山」ともいわれています。

 山の上には唐破風春日造の神殿が置かれ天神様がお祀りされています。

廻廊
 左右と後の欄縁の上に廻廊が巡らされてるのがこの山の特徴で、上の部分が透塀、下の部分の腰板には浮き彫りされた牛の絵がはめ込まれています。

前懸
 16世紀にベルギーで織られたタペストリー(毛綴)で「イーリアス」の物語が描かれています。

 イーリアスは古代ギリシャ神話を題材とした長編叙事詩の一部です。

胴懸
 上村松篁下絵による「白梅金鶏図」と上村淳之下絵による「銀鶏図」綴織で、上村松篁(うえむらしょうこう)と淳之(あつし)は親子です。

後懸
 見送を使わずに綴錦「紅地雲龍宝尽図」(復元新調)の後懸を掛けて巡行しています。

お守り
 宵山には霰天神山の縁起による「火防せ、雷除け」のお守りが授与されます。

霰天神山の山鉾町
 京都市中京区錦小路通室町西入ル天神山町