芦刈山(あしかりやま)

芦刈山
 平安時代に書かれた「大和物語」の短編173段の一つを原点として構成された謡曲「芦刈」の物語にちなんで作られた山です。

 「大和物語」の書名は「伊勢物語」や「唐物語」に対応して命名されたものといわれ、内容は10世紀頃の主に皇族、貴族にまつわる愛恋逸話等に取材する短編歌物語が書かれていて、現代語に訳されたものもあります。

 謡曲「芦刈」は、貧しきために夫婦別れをした女が都に出てやがて富に恵まれ、別れた夫を思い出して難波に行くと、難波の浦で刈った芦を売り歩いていた元夫の老翁と再会する物語で、芦刈山は夫婦和合の姿をあらわしているといわれています。

御神体人形
 御頭は天文6年(1537)に七条仏師運慶の流れを伝える仏師康運による作ですが、これを宝物として保存し、平成12年(2000)からはこれを忠実に複製したレプリカを使用しているそうです。

重要文化財
 山鉾最古の御神体衣装として国の重要文化財に指定されている「綾地締切蝶牡丹文片身替小袖(あやじしめきりちょうぼたんもんかたみかわりこそで)」には天正17年(1589)の銘があります。

 他にも重要文化財ではありませんが保存されている前掛、胴掛、見送等も貴重な美術品で、天保3年(1832)から使われていた前掛はヨーロッパ製のタペストリーで、見送りは文政3年(1820)作で唐子が楽しく遊ぶ様子が描かれています。


前懸、胴懸
 前掛は山口華楊原画による段通「凝視」(ライオンの絵)、胴掛は尾形光琳原画の「燕子花図(かきつばたず)」が掛けられていますが、平成23年は異なる懸装品を掛けて巡行しました。

見送
 山口華楊原画の綴織「鶴図」の3羽の鶴が山の後を飾ります。

芦刈山の山鉾町
 京都市下京区綾小路通西洞院西入ル芦刈山町