四条傘鉾(しじょうかさほこ)

四条傘鉾
 綾傘鉾とともに古い鉾の形態を今に伝える傘鉾で、応仁の乱より以前の時代に起原があるようです。

 応仁の乱や元治元年(1864)の大火で焼失を繰り返し、明治の初めの頃よりは巡行が途絶えていましたが、町内の人達のたゆまぬ努力が報い、昭和63年(1988)より巡行が再開されました。

 巡行が再開されたのは117年振りと解説されています。

風流傘
 大きな傘の上には金鍍金花瓶に立てた若松と3本の赤い御幣が飾られています。

 垂り(さがり)は鈴鹿雄次郎(染織家)作による「麗光鳳舞之図」を掛け、周囲に組紐の飾房を下げています。傘の下の胴懸にはインド更紗を掛け、4隅にはこわい顔をした鬼の隅金具より赤い飾り房を下げています。

棒振り踊り
 赤熊(しゃぐま)を被った棒振りと花笠を被った鉦、太鼓、ササラの各2人づつの計8人の小学生で構成され、2組の計16人がその年の巡行と宵山で踊ります。

 この風流踊りは室町時代に京都から広まり、滋賀県甲賀市の滝樹神社では今も「ケンケト踊り」として伝えられ、四条傘鉾の棒振り踊りはこれを参考にして復元されたものだそうです。

四条傘鉾の鉾町
 京都市下京区四条通西洞院西入る傘鉾町