応仁の乱以前の傘鉾の原型が再現されています。傘の上に御幣と若松を立てています。
 赤熊(しゃぐま)を被った棒振りなど8人1組の子供達が踊りを見せてくれます。

四条傘鉾の説明

▼下の文は四条傘鉾の山鉾町に掲示されている京都市の駒札説明板(下の写真)を書き写しています。

四条傘鉾
(しじょうかさほこ)

 四条傘鉾は、織物の垂(さが)りなどをつけた傘と棒ふりばやしが巡行する古い鉾の形態である傘鉾の一つで、応仁の乱(一四六七~一四七七)以前に起源をもち、傘の上には赤幣(あかへい)と花瓶、若松を飾る。
 大火焼失、復興を繰返していた四条傘鉾も、明治四年まで巡行に加わって以降途絶えていたが、昭和六十年、町内の人々の努力が実り傘鉾の本体が再興され、昭和六十三年から巡行に欠かせない踊りとはやしが復元され、三十二番目の山鉾として巡行することになった。実に百十七年ぶりのことであった。
 なお、踊りとはやしは、室町時代に京都から広まった風流踊(ふりゅうおどり)で、今も滋賀県の瀧樹(たぎ)神社に伝わる「ケンケト踊」を参考に復元したものである。
 垂りは鈴鹿雄次郎製作の麗光鳳舞之図で七色の瑞雲の間を飛ぶ鳳凰の姿が表現されている。平成二十二年から、欄縁(らんぶち)に波濤文様(はとうもんよう)の錺金具(かざりかなぐ)を新調装着した。
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▲上の文は四条傘鉾の山鉾町に掲示されている京都市の駒札説明板(下の写真)を書き写しています。